殺人も不倫も元々は悪ではない

明けましておめでとうございます、あもん です。

2024年末は人生4度目のバリ島での年越しでした。それまでの3回は旅の企画でしたが、今回は家族で。勝手に月日の流れを感じています笑

「事象はただの事象であって、それ以上でもそれ以下でもない。」

多くの人がこの言葉の意味を理解していません。

不倫も
殺人も
遅刻も
中毒も

これらはすべてただの事象でしかなく、そこに善も悪もありません。各々が自分のフィルターを通して後から善悪を断定しているだけです。

なんですが、多くの人が「事象そのものに善悪を貼り付けている」のが現状です。

たとえば、僕らは日本人として日本で生まれ育ち、日本の義務教育のもとで育ち、日本の義務教育のもとで育った人たちで作られている社会で日々を過ごしています。

そうすると「日本を形成している価値判断基準」というものが自分の中に当たり前のように作り上げられます。それを己のフィルターとして捉え、そのフィルター越しに今この世界を見ています。

なので、

電車は遅れず定刻通り来るのが当たり前だし、
人に暴力を振るってはいけないのが当たり前だし、
この世界には正解があると認識するのが当たり前だし、
遅刻は許されないのに残業は許されるのが当たり前だし、
不倫や殺人などの非倫理的なことが非難されるのが当たり前だし、
地震や台風などの大きな自然災害が毎年来るのが当たり前ですよね。

しかし、

世界各国では電車が遅れるのは当たり前だし、
仕事に遅刻してくる人がいるのは当たり前だし、
国によっては暴力や殺人が横行するのが当たり前だし、
自然災害とは無縁でこないのが当たり前な国もあります。

そこの国で生きている人たちからしたら、日本の当たり前は不思議でしょうがないはずです。

初めて海外に行ったときにカルチャーショックを受ける人が多いですが、それは「当たり前が違うから」です。

自分の中で当たり前だったことがこの世界では当たり前ではない。自分の中では当たり前じゃなかったことがこの世界では当たり前。この当たり前の違いに人はカルチャーショックを受けます。

そしてこの当たり前というのは、自分が育ってきた環境によって決められます。それが自分にとっての基準であり、それ以外の基準を持ち合わせません。

代々殺し屋の家系であるゾルディック家に生まれたキルアは人を殺すのが当たり前で、ゴンと出会ったことで「人を殺さない」という選択の幅が増えていったんです。

ー HUNTER×HUNTER 5巻36話

キルアにとっては、それまでは「殺し=悪」ではなかったんですよ。

(HUNTER×HUNTERを知らない人はすみませんw)

こんな感じで、どのフィルターを通して見ているかでこの世界の見え方が変わります。

だからまずは「自分がどんなフィルターを持って世界を見ているか?」というのを理解しなければいけません。

フィルターが善悪を決める

先ほど書いたように、事象に対する善悪の判断はフィルターで決まります。たとえ同じ事象でも、どんなフィルターを持っているかで善悪は変わります。

「不倫は悪い!」と断言する人がいますが、それはあくまでも『己の、または日本国憲法下においての悪』でしかありません。

【不倫は不倫です。善も悪もありません。】

これが解答なんですよね。もちろん日本ではほとんどの人が不倫をNGとしていますから、例え自分たちがオープンマリッジ(不倫容認夫婦)で不倫OKだったとしても、日本では容認されにくいのも事実です。

なので世間的な反発がくるのは必然のことであり、オープンマリッジを掲げるなら世間のフィルターもちゃんと理解しなければいけません。

なぜ理解しなければならないのかと言えば、「不倫は悪である」というフィルターを持っている日本で生活をしているからです。

郷に入っては郷に従え、その場所のフィルターをちゃんと理解して関わらないと自分も周りもストレスを溜めていってしまいます。

ただし真実としては、事象は事象でしかなく、それ以上でもそれ以下でもありません。

どれだけ「不倫は悪だ!」と叫んだところで、それは「そういうフィルターの世界で過ごし、そのフィルターを採用しているだけ」に過ぎません。

【世界の認識ではなく「自分の認識」であることを理解しなければいけない】

この感覚をちゃんと理解しましょう。そうすれば、世の中や相手の反応に対して「あっ、この人はそういうフィルターで世界を見ているんだな。」という風に、柔軟に捉えることができます。

そして、逆に言えば

【フィルターを変えてしまえば世界は簡単に変えられる】

というのもまた真実なんですよね。

「世界は残酷だ」と言う人はそういうフィルターで見ているからそう感じるだけだし、「世界は美しい」と言う人はそういうフィルターで見ているからそう感じるだけです。

子どもの行いに怒る親が多いですが、それは「これは怒るべきことだ」というフィルターで見ているから怒るんですよ。行いそのものが悪いのではなく、その行いを悪いと捉えるフィルターで見ているから悪いと感じるんです。

たとえ同じことをしていても、違うフィルターで見た瞬間にたちまち悪いことではなくなります。

【あなたの怒りや悲しみは外にではなく、あなたの中にあるものです。】

怒ることだ、悲しむことだと認識しているから怒るし悲しむんです。だって事象は事象でしかないんですから。

ここを理解せずにひたすら外のせいにしていたところで、あなたのフィルターは変わりません。

人生が良くなるフィルターを採用しよう

「遅刻をする人が許せないから遅刻をさせない」というのはよくあることだと思いますが、これは「遅刻が許せないフィルター」に引っかかる人を排除しただけであり、あなたの中から「遅刻が許せないフィルター」はなくなっていません。

なので、別の場面で遅刻をする人を見つけたら当然怒ります。これの繰り返しをするんですよね。結局は「発見→排除→発見→排除」の繰り返しになってしまうんですよ。怪我したら治療する、みたいな西洋医学的アプローチになります。

これを東洋医学的にアプローチしようとすると、「遅刻が許せないフィルターを取っ払う」という流れになります。

そのためには

【なぜ遅刻が許せないのか?】

という「遅刻が許せないフィルターを採用した理由」を突き止めなければいけません。そこを突き止めて、採用基準を変えていかないとフィルターを取り払うことはできません。

これを多くの人がやらないんですよね。ひたすら自分のフィルターを正しいと勘違いして、他人にもそのフィルターで見ることを強要するんです。

同調圧力に関してはこういった研究結果もありますので、一度ご覧になってくださいな。

アッシュの同調圧力実験 とは

①事象は事象であり、それ以上でもそれ以下でもないことを認めること。
②自分がどんな解釈(フィルター)で世界を見ているかを知ること、感じること
③なぜその解釈(フィルター)を採用することになったのか、原因を追求すること
④その解釈(フィルター)によってもたらされるものを理解すること
⑤よりよい解釈(フィルター)がないかを探し、あれば採用するために思考を変えること
⑥これを生涯繰り返し続けること

これだけで、あなたの世界は一気に変わります。

この世界がどんな世界かは、あなたのフィルター次第で決まります。

今不幸せなら、それはあなたが不幸せになるフィルターを通して世の中を見ているからです。

ここを変えることができさえすれば、この世界には幸せが溢れ始めます。大事なのは世界を変えようとすることではありません。自分のフィルターをよりよく変えていくことです。

フィルターを変えるためにも

・自分が持っているフィルターを疑うこと
・手に入れたいフィルターを考えること
・そのフィルターが手に入る場所に行くこと

この3つを特に意識して、2025年は動いてみてください。

中学時代にいじめられて「人は怖い」というフィルターを持ち始め、7年近く常に人に気を許せなかった僕が、旅や勉強を通して「人は脆いけど素晴らしい」というフィルターを手にしていきやすくなれた僕が断言します。

自分が持っているフィルターが変われば、薄暗かった世界は一気に華やかになります。

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 ブログの執筆者

藤﨑勇祐(あもん)

「人を変えること」を生業にSNSで情報発信をしたり、コミュニティを運営して、理想の自分になれるお手伝いをしています。

インドネシア🇮🇩のバリ島に家族と一緒に住んでいます。

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